読了「脱貧困の経済学」

 経済学者の飯田泰之氏と活動家の雨宮処凛氏が、ホームレスや非正規雇用者、日雇い派遣労働者など、近年問題となってきている格差社会、日本社会における貧困問題に対して、それぞれの立場からの主張を基にした対談形式で書き進められた本。

 

実際に活動家としてホームレス支援や年越し派遣村に関わってきた雨宮氏が、その経験を基に経済学に対する疑念、疑問を飯田氏に投げかけ、飯田氏がそれに対して回答していく形で話が展開されている。

 

貧困対策としてのベーシック・インカムの導入について興味があったので、勉強のために検索したところ引っかかった本書であるが、導入の背景となるホームレス支援などの現場に関わっている雨宮氏の経験を基にした主張・質問と、それに対する飯田氏の経済学の視点から観た解説がわかりやすく、入門編としては非常に良い本に巡りあったと思えた。

 

本書は当初、2008年のリーマン・ショック後に行われており、その後、政権交代東日本大震災という大きな契機を経た上で更に振り返りも含めた追加対談が掲載されている。

 

飯田氏のスタンスは、まさに現在日銀により行われているような積極的な量的緩和を行うことで市中に供給されるマネー供給量を増やすことにより、デフレからインフレへと転換することを主張している。

そして、労働環境の改善は好況下でこそ実現すると説く。

 

これはどういうことか?

 

インフレ転換により、好況状態を生み出せば必然的に人手不足が生じる。そうした人手不足が生じるような好況下であれば、厳しい労働環境にさらし労働者に嫌悪されるような企業は、不況下では労働環境が厳しくとも、その企業を辞める(あるいは解雇される)と他に行き場がないため、やむなくその条件下でも働くという選択を行ったとしても、好況下では労働者も他の企業に移るという選択肢が生じるため、企業は労働者に長く残ってもらい、働いてもらうためにも労働環境は改善せざるを得なくなる。

 

私は1984年生まれなので、バブル景気は小学校に上がる前後、そして、1997年の金融危機の際は中学生だった。

なので、実質的に記憶に残っている経済状態としてはリーマン・ショック前のミニバブル期以外は不況だったイメージしかないので、働き出した今でも好況ということはなかなか実感できないのだが、飯田氏の説明は確かに腑に落ちるところは多い。

 

雨宮氏の日雇い派遣の原則禁止の主張については、それを行ってしまうとそれによって職を得られていた人達が完全失業の状態に回ってくる可能性を指摘している。

また、最低賃金に関してはフルで働いたとして(この条件は文中に記載されていなかったが、週40時間労働×4週を想定しているのだろうか?)最低限生活できる程度の水準(具体的には最低千円)を雨宮氏は主張されている。

ちなみに、先進国でこのような考えたかに基づく最低賃金が導入されていない国は日本だけだという。飯田氏もその水準に関しては同意しているものの、それを実施してしまうと現在の地方経済が保たないと回答している。また、サービス残業の様に、今でさえ守られていないような制度をさらに厳しくしたところで守られない可能性も高く、また、管理コストが高くつく可能性も高い。

それよりも、生活保護を含め、最低限度の生活水準に届かない労働賃金に対しては不足分を公的扶助により給付する方が望ましいのではないかというのが飯田氏の回答である。

 

生活保護に関しても、現在の行政側の水際作戦により給付を抑制するよりは、先ほどの賃金補助も含めて一律に最低限度の生活保障をかける。

そうして、最低限度の生活が保証されて、失敗しても生きていけるような状態を整えた上で解雇規制などを緩和し、雇用の流動化を促すような政策を取る。

 

雨宮氏と飯田氏の中で一致しているのはこの、何らかの形でのベーシック・インカムの導入である。

 

好況転換しても、デジタル・デバイドなどにより、現在の状態では労働力の過剰感は解消されないのではないかと思えるが、飯田氏は好況下ではそれでも人手不足が生じるとも説く。

 

奇しくも、現在は飯田氏が主張されていたような量的緩和が実施されている状態なので、氏の主張が検証できる好機であるとも思われる。

 

話の中で出てくるベーシック・インカムの給付水準は最低限度のものではあるが、貧困対策を抜きにして、仮に年収300万円程度のベーシック・インカムが導入された時に、自分も含めて今の仕事を今の給与水準で続けたいと思う人は一体どれほどいるのだろう?

 

本書は対談係止で進められており、2人の著者の対話を聞きながら場に参加して話を聞いているように思えるほど平易に書かれているので、自分の中でも新たな疑問点などの「気付き」に出会える良書だった。

脱貧困の経済学 (ちくま文庫)

脱貧困の経済学 (ちくま文庫)